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大学は本当に必要か?

ツイッターで、

「大学に進学するぐらいなら、他の有益なコミュニティに参加する」

という主張が散見された。

 

賛成意見も反対意見もあった。

とりあえず自分の思うところを書く。

炎上怖いので、弱気な文章になってます。

 

これらの発言を斜め読みして思ったのは

・何のために大学に行くのか

・そもそも大学の目的とは何なのか

があっちゃこっちゃになっている気がする。

 

いつも通り結論を先に書くと、

ビジネスを学びに行くのであれば、大学に通う必要はない

と思った。

 

何のために大学に行くのか?

知的教養を深めるためだ。

ビジネスを学びにいく場ではない。

自分は理系だから、文系のことは分からない。

理系では、大学にいく価値は大いにある。大学にしかない設備、専門の知識をもった教授、などがあるからである。設備がなければ研究はできない。その意味では、意味があると思う。

じゃあ大学に行った人が金持ちになるのか?

答えはNoだ。

今の日本人にはビジネスの勉強が足りない。という本を読んだ。らしいが、そもそも大学はビジネスを教える場所ではない。

 

ここで次の話題にうつる。

そもそも大学は、官僚を育てる場所である。

と思う。

大学の発端は中国の科挙試験から始まり~~と書こうとして調べたら、全然違っていたのでやめる。

国立大学は、国が国のために作った学校である。

知的教養のため、とか文化水準を、とか全然関係なく、国にとって有能な人間を選別し、育てあげる場所である。この主張に則れば、東大に行った人は官僚になるのが王道だ。東大出身の起業家は、他の私大の私立トップの大学に比べて少ない、と言われるがそれもそうだと思う。東大はそんなことは目的にしてない

 

だから、ビジネス(=金稼ぎ)を学ぶことができるから、大学に進学しないというのは、正論である。もっと効率よくビジネスを学べる場所はあるだろうし、そもそも大学はビジネスを目的にしていない。

 

それじゃあ大学に行かず、ビジネスを学ぶことは是か非か

という話題にうつる。

自分は思った。

少し反応が過敏すぎやしないか?

 

例えば寿司屋の板前が、「包丁を覚えるには中学卒業したらすぐに修行だ」と言ったところで炎上するだろうか。「学歴がなくて板前になって、食えなくなったらどうするんだ!」と言うだろうか。

あるいは高卒でミュージシャンを目指す人に対して、「大学ぐらい出ておけばいいのに」と思うかもしれないが、炎上はしないだろう。

福山雅治は高校卒業後、会社を辞めて上京したらしいが(Wikipediaより)、福山に対して「無責任だ」と言うだろうか。

それでは、「大学に行かずに、プロを目指す」と発言したのが、

俳優だったら?

大道芸人だったら?

ユーチューバーでは?

演歌歌手は?

プロスポーツ選手は?

炎上するだろうか?

 

大学に進学せず、ビジネスのプロを目指します、というのはこれらよりもずっと安全率が高いと感じる。

 

だから特に意見は出てこなかった。

 

もしかしたら将来は、大学で学ぶ文化的教養というものはお金持ちの道楽、たしなみ程度になるのかもしれない。身に着けると社交の場では役に立つが、金儲けには役に立たない。そんな感じに。

教養というのは本質的にはそういう側面もあったはずで、借金してまで学ぶことではない(俺も借金して学校に通ったが)。

そうすると学習内容はもっとビジネスにとがったものになるわけで、資本主義社会は加速していくだろう。

 

というのが、感想。

ところで。

そうやって世界のエリートとやりあえるんですかね?

というのが、疑問。

まあ、ヒエラルキーの人が多い階層にいる俺には、トップ層の世界なんて見えない。ので、想像することしかできないのだが。

 

追記。

「大学の学費を自分たちに払え、という発言では」

という意見を目にした。

確かにそういう見方もできるな、と思った。

炎上したくないので「そういう意図もしっかり読みましたよ」という補足です。