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理解と謝罪は行動でしめせ

 今回は「理解と感謝は行動で示せ」という話である。

 

新社会人になると、一時的にいろんな人からいろんなことを言われるようになる。言う方も悪気があるわけじゃない。よかれと思ってやっていることなのだ。大きなお世話だとは思うけど。

 

君がある先輩に、

「朝遅い」

と言われたとしよう。

君の返事は「はい」でも「分かりました」でもなんでもいいのだが、答えた以上、君は次の日、少なくとも少しは早く出勤しなければならない。

社会人にとって「理解した」とは、「相手の意図を把握したうえで、自分の行動を変化させる」ことを意味する。これが分かってないと、何度も同じことを注意されるし、相手はイライラするし、不毛なやりとりが繰り返される。もし変える気がないのなら、軽々しく「わかりました」などと言ってはいけない。言葉に出した以上責任がでるからだ。「昨日分かったって言ったよなぁ!? おらぁ!?」みたな先輩もいなくもない。そもそもそんな先輩がいるような職場に近づかないのが賢明だが、職場は運の要素が大きいので……。

 

プラスして付け足すなら、「朝遅い」と言われたら、「じゃあ何時ごろならいいですかね」と相手の言質を取ることも重要だ。君の判断で出社した場合、君の責任になる。

先輩に何時出社か言わせれば、「いや先輩に言われたんでこの時間に出社してます」と開き直ればいい。そのぐらい、言葉には責任がつきまとうのだ。

新人のころには責任が伴うような決断をこなすことは少ない。

けれどだからといって、日ごろの自分のこういう言動を軽々しく流してしまうと、自分の評判に響くのである。

 

謝罪も行動で示そう。

「すいませんでした」

と言うのは簡単だ。

怒る方は、謝罪の言葉なんて聞き飽きてる。表面上は「もういいよ。次から気をつけろ」と許してくれるかもしれない。安心してはいけない。

次の行動を見られている。

次も同じことをしたら何をやってんだこいつと思われ、「変化」させればたとえ悪くなっても、「まあがんばってるし、もう一回注意してやるか」となる。

 

社会人にとって、理解と謝罪は、自分の変化を相手に示すことによってのみ伝わる。

言葉に出せばよかっただけの学生とは、そこが違う。

ま、最初のうちだけだから気負わずに。

 

 

 

社会人はつねに変化を求められる。