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うつになって思ったこと

職場環境が悪くなっていって、うつと診断された。

いろんなことを思った。

 

大学の同期は稼いでるのに。

さしてハードな仕事でもないのに。

ずっとがんばってこれたのに。

 

精神科では少し強めの抗うつ剤を処方された。

ネットに載ってるような症状ではなかった。

自分の場合は、「焦り」「怒り」が強かった。

 

つねに何かをよくしなきゃいけない、という焦り。

自分は今悪い環境にいて、何かを改善しないとそこを脱出できないという思い。

 

自分が理不尽にさらされてきた、という怒り。

本当はその度ごとに怒り、感情を出せばよかったのに、あまりにも理不尽が多すぎて、怒る場面を見失ってしまった。残ったのは行き場のない「いかり」という感情。

何かと怒る理由を見つけては、イライラして、を繰り返した。

 

心配してくれる心優しい人もいたが、「心配」すら重荷だった。

今でもうまく言語化できないが、「相手の善意」すら自分が怒る理由になった。

 

心配して会いにきてくれる友人とも喧嘩をした。

知り合って、初めてした喧嘩だった。

寄り添ってくれる彼女にも八つ当たりをした。

気分転換に、と誘ってくれた先でも、僕は死んだ顔でエヘラエヘラしていただけだった。

 

うつと診断されたけど、気分が沈んでいるわけではない。

ただ自分の中に、どうしようもない「怒り」が渦巻いていた。

この「怒り」を一生抱えて生きるのだと思っていた。

あたりかまわず理不尽を撒き散らす世間にも腹が立ったし、それを「普通の人」と同じように許容できない自分にイライラもした。とにかくすべてが憎む対象だった。

 

安定剤を飲むことですべてがぼんやりとして、和らいでいった。

楽しいこともよくわからないが、怒りも薄らいでいく。そんなグレーな意識の中で、僕は退職の処理をする。

 

 

 

 

退職を決め、引越しを計画した。

その土地を去る前に、会いたいと思う人がいた。

その人は僕より先に会社を辞めていた。夢を追うためだと噂で聞いた。

退職間際メッセージをくれたり、人づてにうつになった僕のことを心配してくれたらしいと聞いて、こちらから連絡をしてみた。

 

当日、僕は間に合わなかった。

祭りで道が混んでた。

そんなクソみたいな理由だ。

 

何度も電話をする僕に、怒りのメッセージがきた。

悲しくなった。悪いのは僕だ。

 

謝罪の言葉を返し、その人との連絡手段を一切断った。

 

元気にしているだろうか。

病気じゃなければ、ちゃんと会えただろうか。

関係を断たずに済んだだろうか。

 

その後も何度かアドバイスをもらいたくなったことがある。

けれど関係は切れてしまった。

 

どうしたらよかったのだろうと。

少しよくなってきた今は、そんなことを考える。